マグロの鳴き声Ver3.2

セレッソ大阪とか日常を書くチラ裏です。

オバトレ

 オーバートレーニング症候群。セレッソサポならこの言葉に敏感にならざるを得ない。2001年、我等のモリシがかかってしまった「病気」である。

 アスリートが一生懸命にトレーニングしすぎてしまうと患う。ただのオーバーワークであれば、体が動かなくなる表面上の様子だけで済む問題だが、この病気は精神に巣食う。頭がボーっとし、動くはずの体もまったく思い通りに動かせなくなるらしい。

 モリシが患ったことで俺たちは、選手に過度に頑張ってくれという言葉をかけるのは逆効果であると言うことを学んだ。(無論、もっと頑張れと言う期待は常にしているのふぁが)

 今回のオリンピック、一人の選手がオバトレにかかっていたのではないかと言われている。柔道の井上康生選手だ。

 彼はスポーツとしての柔道が世界に広まり力を付けていく中、唯一「道」としての柔道を体得している一人と言っても過言ではないと思う。心技体、どれをとっても素晴らしく、4年前の圧倒的な金メダルから少しの衰えもなく柔の道を歩んでいた。

 そんな彼がなぜ、今大会であのような不調に陥ったのだろう。彼はプレッシャーとは無縁な気もしていた。それこそ結果を受け入れ、道を探求するために己を鍛えていたのではなかったのか。

 女子柔道の谷亮子が金メダル獲得後、テレビに出演しこんな話をしていた。

「頑張れって横断幕作ってくれるのは良いんですけど、一緒に『V2おめでとう』ってすでに書いてある横断幕も見せられるんで凄いプレッシャーでした」

 彼女は笑いながらそういう話をしていたが、恐ろしい話だとも思った。周囲は自分の目標地点より遥かに高い頂へ登らせようと背中を押しているんじゃないのか。

 井上の身辺にそういうことがなかったとは言い切れない。ただ周りからの期待を一身に受けた「日本柔道界のスーパーエース」の重圧は一般から見ている人間にはきっと想像もつかないほど大きいに違いない。

 結果、心技体の心の部分に病を患い、惨憺たる結果で畳を去った。

 期待という重荷を背負わせてしまったのは応援すべき人間であった。無論俺も含む話であるが、スーパーエースが金メダルを取ってこその「柔道王国・日本」だと。なぜ、彼の進む道を後押し出来なかったのだろう。自分の夢を託す、背負わせることで井上の重荷になってしまったのかもしれない。

 100kg超級の鈴木は、目標とした井上の敗退を受け、井上に金を託され優勝した。それが「使命」とさえ言った。

 この差はなんなのだろうか。夢破れた先輩から託される約束。無責任な金メダルへの欲求。そういうことなのだろうか。

つくづくサポートというのは難しいと思った出来事でした。